上架そしてハプニング

越冬準備作業は50項目ぐらいある。
船内の荷物を片づけたり、デッキを洗ったり、ビルジを抜いたり、燃料を満タンにしたり、船外機やオーニングや国旗をはずしたり・・・。
外したものや使ったものを所定の場所に収納する前には清水で汚れを落とす。フェンダーも専用の洗剤を使って黒ずんだ汚れをきれいに落とす。ロープ類ももちろんだ。船内の書籍などはすべてラップでくるむ。湿気でやられるのを防ぐためだ。
ひとつひとつの作業を実に丁寧に行うのはMさんの流儀である。Sigridur号への深い愛着を感じる。

最も重要な作業に水抜きがある。冬季にはマイナス20度にもなる環境なので、配管内の水は完全に抜いてしまわなければならない。これは簡単な作業ではない。ドレンから抜いただけでは配管の屈曲部に水が残るので、コンプレッサーを使って注意深く作業し、残り水がないようにする。
水を抜いてしまった後は、当然のことながら水が使えない。水が使えないということは船で生活できないということだ。
したがって、50項目の作業をどういう手順でいつ終わらせていくかというのもよく考えて進めなければならない。
とはいえ、毎年繰り返しているMさんにとっては手慣れた作業であり、私は何も考えずに指示されたとおりに作業すればよいのだが。

ポンツンに浮かべた状態で2日間作業をし、上架する日がやってきた。
クレーンを操作するのは大将だ。見かけはおおざっぱな印象だがすることはなかなかこまやかだ。なんどもスリングの位置を調整してようやくSigridur号は水面上に持ち上げられた。
吊り上げられた状態のまま、船底を高圧洗浄するのもハーフェンマイスターたる大将がやる。上架の時はだれか手元がつくだろうと思っていたが、すべてこの男がひとりでこなすのだ。
ハーフェンマイスターは事務所に座っているだけの存在ではない。


571
【上架を待つSigridur号】

572
【Sigridur号の下半身を初めて見た】

やがてどこからかガンタレのトラックを運転してきてSigridur号をクレードル(船台)に乗せた。ドイツの車がいくら頑丈とはいえ、このトラックは度を過ぎていないか?と思ったが、彼の意には介さないのだろう。

573
【頑丈だが錆びだらけのトラック】

大将はトラックを運転してマリーナの敷地の一角にある置き場に移動した。とりあえずクレードルに乗せたまま、ここでお昼休みだ。
私たちは近くのファストフードで昼食を済ませ、脚立を使って船に登りキャビンで一休みすることにした。
Mさんは右舷側にあるチャートテーブルで書き物をし、私はメインキャビンの右舷側のソファーに寝転んで本を読んでいた。

そのとき突然、ドスッというような低い音と衝撃がした。
私は一瞬、だれかが車を船台にぶつけたのだと思った。
キャビンの小さな窓を見上げると、信じがたいことに風景がゆっくりと動いていくではないか!

なに~っっっ!!!
船の支えが折れるか外れるかしたのだろう、ゆっくりと船が倒れてゆく。船が横倒しになるのだ!
頭の中が真っ白になる。おきていることが理解できない。現実と思えない。
飛び起きて左舷側に足を伸ばす。同時にキャビン中央の柱に体を寄せる。右舷の物入れから飛び出していく物体に頭をやられないよう、手で押さえる。落下のどの時点で左舷に飛び移るかタイミングを計る。これらのことを一瞬にしたと思う。

「あーーーたおれる~~~!!」Mさんの悲鳴がキャビンに響いた。

ところが、船は30度ぐらい傾いたところで止まったのだ。いったいなにが起こったのか、どういう状況なのか、わからない。私は落っこちないように柱にしがみつき、Mさんはチャートテーブルの座席からずり落ちそうになりながら左舷側のギャレーに足をかけたまま、固まっている。外の様子を見に行きたいが、へたに動くとふたたび倒れかねない。一応、止まっているので、大将が助けに来てくれるまでこのままじっと動かないほうがよさそうだということになった。

この事態に気づかないのか、大将はなかなかやってこない。待つ身はつらい。
昼休みが終わるころようやく外で人の気配がした。どうするのだろう?手荒なことはしないでくれよと祈っていると、トラックのエンジンが始動し、一瞬船が揺れ、すーっと水平に戻っていった。
え?どうしたの?どうしてもとに戻るの?
船内にいる私たちにはさっぱり訳が分からない。

ともあれ、水平な世界に戻ったのだ。命拾いした。
恐る恐る外に出てみてようやく状況がわかった。

クレードルは左右に8本の油圧ジャッキがあって、船の形状に応じて高さや幅などを変えられるようになっている。そのうちの1本の高圧ホースが破れて油圧が抜けたのだ。不幸中の幸いだったのは、破損したのが船体を直接支えるシリンダーの油圧ホースではなかったことだ。それで船の転倒には至らず、反対舷の油圧を抜くことで水平に戻せたというわけだ。


575
【油圧ホースが破れて地面に飛び散った油の跡が残った】

この大事件にもかかわらず、大将は口笛を吹いて「OK、OK、ノープロブレム」でおしまいだ。
大した奴だ。

≪次へ≫


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

HappyHoliday2020

Author:HappyHoliday2020
博多湾の風を感じてください

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード