帰国

朝早くホテルの前からトラムに乗ってブレーメン空港に着いた。帰国のルートは来た時の逆で、ブレーメンからアムステルダム、上海を経由して福岡へ帰る。一方、Mさんの向かう先は成田だ。1か月半の長きに渡り何から何までお世話になったMさんとはブレーメン空港でお別れとなった。

日本からここに来る時にはたいへん苦労したので、帰りはスムースに行きますようにと祈りながらKLM航空のカウンターに行った。前夜遅くまで苦悩した手荷物は思惑通り計量をパスし、心軽やかにブレーメン空港を飛び立った。


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【EUよ、さらばだ】

じつはその後の帰路の道中でもトラブルが満載だったのだが、詳細は敢えて記すまい。
今となれば楽しかったこと、うれしかったこと、残念だったこと、驚いたこと、失敗したこと、どれもがこの旅に欠かせない素晴らしい一コマだったと思う。
怪我もなく病気もせずに旅を終えた。それだけで100パーセント成功である。


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【河と運河の旅 全行程図】

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【旅程表】

今回、思わぬきっかけからヨットでドイツ国内の川と運河を850キロメートル、1か月かけて旅をした。したいと思っても誰もがそう簡単には実現できない旅を経験することができた。すべてMさんのおかげである。改めて深く感謝したい。

来年はメルツィヒからフランス・パリを経由してイギリス・プールまで行くのが現時点でのSigridur号の計画だ。旅の最後はイギリス海峡をセーリングする。果たしてどんな楽しみ、そして苦労が待ち受けているのだろう。

[完]

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ブレーメンへ

メルツィヒのマリーナに到着した日から数えて6日目の夕方には50項目の作業がすべて終わり、今やSigridur号はヤードの片隅でシートで覆われて眠っている。
私たちもこの地を離れる時が来た。


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【節目の日には必ず乾杯だ(毎日が節目)】

翌朝メルツィヒの中央駅で列車に乗り、トリーア、コブレンツとドイツ鉄道を乗り継いでブレーメンへ移動した。

線路はザール川やモーゼル川に沿うように走り、ライン川やミッテルランド運河を飛び越える。車窓からは私たちが1か月かけて旅をしてきた航跡が見え隠れする。その地を通ったときの情景を思い出しながら列車の振動に身を任せる。私たちを乗せた列車は時刻表どおりにブレーメン中央駅に到着した。


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【ここを通ったな】

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【ここも通ったな】

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【ブレーメン中央駅】

ブレーメン中央駅の隣にあるホテルにチェックインし、翌日はブレーメンで土産物を買い足したり観光したり、各自の自由行動だ。
私は郊外の新しい観光名所に行ったり、美術館をいくつもまわったり、すっかり観光客となって最後の異国の地の旅を満喫した。


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【宇宙船のような建物はUniversum(ウニヴァーズム)、体験型の科学ミュージアム】

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【マルクト広場】

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【ローラント像】

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【ブレーメンの音楽隊】

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【ゼーゲ通りには豚飼いのモニュメント】

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【風車のある公園】

帰国前の大事な仕事に荷物の重量チェックがある。空港で預ける手荷物は23キログラムが上限だ。秤で計ってみると30キログラムもあった。1か月半も滞在したので知らず知らずに荷物が増えていたのだ。
減量しなければならない。

意外に重いのは紙類である。あちこちでもらったパンフレット類がたくさんたまっている。これは帰国した後の思い出となり、記録を整理するときに必要になるとわかっているが、泣く泣くゴミ箱に捨てなければならなかった。また日用品も日本に帰ってから手に入るので必要なものだけを残して破棄した。
持ち帰るものと捨てるもの、この選別にはずいぶん頭を悩ませた。

夜遅くまでかかって、秤の誤差も考慮して22.5キログラムに収め、やっと眠りについた。

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上架そしてハプニング

越冬準備作業は50項目ぐらいある。
船内の荷物を片づけたり、デッキを洗ったり、ビルジを抜いたり、燃料を満タンにしたり、船外機やオーニングや国旗をはずしたり・・・。
外したものや使ったものを所定の場所に収納する前には清水で汚れを落とす。フェンダーも専用の洗剤を使って黒ずんだ汚れをきれいに落とす。ロープ類ももちろんだ。船内の書籍などはすべてラップでくるむ。湿気でやられるのを防ぐためだ。
ひとつひとつの作業を実に丁寧に行うのはMさんの流儀である。Sigridur号への深い愛着を感じる。

最も重要な作業に水抜きがある。冬季にはマイナス20度にもなる環境なので、配管内の水は完全に抜いてしまわなければならない。これは簡単な作業ではない。ドレンから抜いただけでは配管の屈曲部に水が残るので、コンプレッサーを使って注意深く作業し、残り水がないようにする。
水を抜いてしまった後は、当然のことながら水が使えない。水が使えないということは船で生活できないということだ。
したがって、50項目の作業をどういう手順でいつ終わらせていくかというのもよく考えて進めなければならない。
とはいえ、毎年繰り返しているMさんにとっては手慣れた作業であり、私は何も考えずに指示されたとおりに作業すればよいのだが。

ポンツンに浮かべた状態で2日間作業をし、上架する日がやってきた。
クレーンを操作するのは大将だ。見かけはおおざっぱな印象だがすることはなかなかこまやかだ。なんどもスリングの位置を調整してようやくSigridur号は水面上に持ち上げられた。
吊り上げられた状態のまま、船底を高圧洗浄するのもハーフェンマイスターたる大将がやる。上架の時はだれか手元がつくだろうと思っていたが、すべてこの男がひとりでこなすのだ。
ハーフェンマイスターは事務所に座っているだけの存在ではない。


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【上架を待つSigridur号】

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【Sigridur号の下半身を初めて見た】

やがてどこからかガンタレのトラックを運転してきてSigridur号をクレードル(船台)に乗せた。ドイツの車がいくら頑丈とはいえ、このトラックは度を過ぎていないか?と思ったが、彼の意には介さないのだろう。

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【頑丈だが錆びだらけのトラック】

大将はトラックを運転してマリーナの敷地の一角にある置き場に移動した。とりあえずクレードルに乗せたまま、ここでお昼休みだ。
私たちは近くのファストフードで昼食を済ませ、脚立を使って船に登りキャビンで一休みすることにした。
Mさんは右舷側にあるチャートテーブルで書き物をし、私はメインキャビンの右舷側のソファーに寝転んで本を読んでいた。

そのとき突然、ドスッというような低い音と衝撃がした。
私は一瞬、だれかが車を船台にぶつけたのだと思った。
キャビンの小さな窓を見上げると、信じがたいことに風景がゆっくりと動いていくではないか!

なに~っっっ!!!
船の支えが折れるか外れるかしたのだろう、ゆっくりと船が倒れてゆく。船が横倒しになるのだ!
頭の中が真っ白になる。おきていることが理解できない。現実と思えない。
飛び起きて左舷側に足を伸ばす。同時にキャビン中央の柱に体を寄せる。右舷の物入れから飛び出していく物体に頭をやられないよう、手で押さえる。落下のどの時点で左舷に飛び移るかタイミングを計る。これらのことを一瞬にしたと思う。

「あーーーたおれる~~~!!」Mさんの悲鳴がキャビンに響いた。

ところが、船は30度ぐらい傾いたところで止まったのだ。いったいなにが起こったのか、どういう状況なのか、わからない。私は落っこちないように柱にしがみつき、Mさんはチャートテーブルの座席からずり落ちそうになりながら左舷側のギャレーに足をかけたまま、固まっている。外の様子を見に行きたいが、へたに動くとふたたび倒れかねない。一応、止まっているので、大将が助けに来てくれるまでこのままじっと動かないほうがよさそうだということになった。

この事態に気づかないのか、大将はなかなかやってこない。待つ身はつらい。
昼休みが終わるころようやく外で人の気配がした。どうするのだろう?手荒なことはしないでくれよと祈っていると、トラックのエンジンが始動し、一瞬船が揺れ、すーっと水平に戻っていった。
え?どうしたの?どうしてもとに戻るの?
船内にいる私たちにはさっぱり訳が分からない。

ともあれ、水平な世界に戻ったのだ。命拾いした。
恐る恐る外に出てみてようやく状況がわかった。

クレードルは左右に8本の油圧ジャッキがあって、船の形状に応じて高さや幅などを変えられるようになっている。そのうちの1本の高圧ホースが破れて油圧が抜けたのだ。不幸中の幸いだったのは、破損したのが船体を直接支えるシリンダーの油圧ホースではなかったことだ。それで船の転倒には至らず、反対舷の油圧を抜くことで水平に戻せたというわけだ。


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【油圧ホースが破れて地面に飛び散った油の跡が残った】

この大事件にもかかわらず、大将は口笛を吹いて「OK、OK、ノープロブレム」でおしまいだ。
大した奴だ。

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狼と暮らす

メルツィヒ・ザールのマリーナに到着した時、ハーフェンビューロ(ハーバー事務所)はお昼休みでマイスターが不在だった。
船に戻り、いつものように到着を祝う乾杯のビールと昼食をとりながらマイスターの帰りを待つ。

そして午後の業務開始と同時に冬季保管の交渉を始め、ついに成立。
この瞬間、Sigridur号の今回の旅は終了を告げたのだった。


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【モーゼル川201.2キロメートル、ザール川44.8キロメートル ロックは13か所】

そしてそれは次のステージ、すなわち越冬準備の作業が始まることを意味していた。
Mさんによると、準備作業は50項目ほどあり、上架する前に2日、上架後に2日程度要するらしい。

帰国日までのスケジュールを組み直し、上架する日を8月11日に設定した。それまでにしなければならない仕事は山のようにあるが、私にはその前にどうしても行きたいところがあった。

ここメルツィヒの森の中に世界でただひとりと言われる人物が住んでいる。野生の狼と長年暮らしているという老人だ。いったいどういうことだろう。ムツゴロウ王国の畑正憲みたいなひとなのだろうか。興味をかきたてられる。百聞は一見にしかずだ。この機会を逃すわけにはいかない。


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【Wolfsparkのホームページより拝借】

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【Wolfsparkのホームページより拝借】

もっともMさんにはあまり関心がないようだ。船に残り、装備品の洗い出し・リスト化・数量チェックなど、準備作業の項目をひとつでも減らすほうに専念されることになった。

ここのハーフェンマイスターは巨漢で、一見怖そうな風貌だが私には頼もしい好漢に思えた。なんでも「OK、OK、俺に任せろ」というタイプだ。私はここにいる間、彼を大将と呼んでいた。
大将に頼んで自転車を借り、狼と暮らす老人が住むという森に出かけた。

途中道を尋ねながら自転車で30分ぐらい走って森の中に到着したのだがだれもいない。森はひっそりと静まり返っている。
ゲート前の説明書きが悲しいことによく理解できない。回転式のゲートは自転車が通れるようになっているが、標識には自転車はダメと書いてあるようにもとれる。
入場料は不要のようだ。テーマパークのようなものではないらしい。考えてみれば狼と暮らしているのであって、見世物ではないのだろう。
勝手にゲートを入っていいのだろうか。野生の狼に出くわしたらどうやって身を守ったらいいのだろう。
急に不安になった。
だれか来ないかな。周りを見渡しても人っ子一人いないのである。

しばらく逡巡したあと、意を決して自転車ごと回転ゲートをくぐった。借り物の自転車を置いていくのが心配だったし、なにより狼から身を守るときに自転車があったほうがよかろうと考えたのだ。

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森の中の道をしばらく行くと金網に囲まれたエリアに出た。
なんだ、野生とはいっても狼はちゃんと隔離されているのだな。少し安心する。
さらにいくと、道が分かれていた。方向を変えて進んでいくといきなり大声で呼び止められた。
金網の中で作業をしていた男がなにか言っている。自転車を降りろと言っているようだ。
自転車は押して歩かなければならないのだった。自転車から降りて詫びるのと同時に入口の看板の意味がやっと呑込めた。押しチャリなんだな。

森の奥に進み金網の中に小さな小屋を見つけたがここにも人の気配がない。
しばらく行ったり来たりしたが数家族と出会っただけで結局よくわからないままにこの広すぎる森を退出した。
老人に会うことはできなかったが、途中で白い狼には出会った。昼寝中ではあったが。
まさか注意されたあの男が狼と暮らす老人ではなかろうな。真相はわからないままだ。


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【この小屋に住んでいるのかな。でも誰もいないし】

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【看板があった。この森のどこかに住んでいるのだろう】

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【ところどころに設置された観測小屋に登って狼を探す】

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【やっと見つけたオオカミはお昼寝中だった】

よし、明日からは作業に専念しよう。

≪次へ≫







メルツィヒ

翌朝はこれまでで一番靄の深い朝だった。
日が昇っていつもなら晴れる時間になってもまだ深い靄に包まれていた。出発の時間を遅らせて待つ。
ようやく少し靄が晴れてきてSigridur号は舫いを解いた。

もしかしたら今日の目的地が最終地点になるかもしれない。それはメルツィヒというところだ。候補地にはこれまで何度も期待を裏切られてきたが、今度こそMさんのお眼鏡にかなうことを祈る。


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【まだ少し靄が残るザール川】

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【ときおり濃くなったり薄くなったり】

この日の最初のロックはこれまでで最大だった。大小2列のロックが並んでいるのだが、私たちが誘導されたのは大きいほうだった。まるで戦艦大和でも入りそうな巨大な箱が口を開けて待っている。幅も高さも大きいし奥行きは200メートルぐらいありそうだ。

こんな馬鹿でかいロックに小さな小さなSigridur号が入っていいの?
しかもたったひとり(艇)で?
僕らだけのためにこれを満水にしてくれるの?
バージ船と相席になるのでは?
なにかの間違いじゃないよね?
不安を口にしつつ、Sigridur号を進ませた。

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心配は杞憂だった。
私たちだけのために、ざっと3万トンぐらいありそうなこの函体を満水にし、何十トンもあるだろう水門を開け閉めし、Sigridur号を通過させてくれたのである。もちろん通行料など取らずに。

ロックを出て、その謎が解けた。
出口にはスイスの観光船が待機していた。つまり、上流からこの観光船が下ってきたときにたまたまロックの水位が下がっていて、これから水門を閉めて満水にしようというところにSigridur号が下流から近づいてきたというわけだ。
言ってみれば「どうせ満水にするのだからついでにこのチビを通してやろう」ということなのだろう。
まあ理由はどうでもいい。貴重な体験をさせてもらった。


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【長さが200メートルぐらいありそうなスイスの観光船】

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さらに上流へと船を進め、ザール川の難所中の難所にさしかかった。
ここはヘアピンカーブになっていて、片側通行なのだ。バージ船などの長大船は湾曲部では川幅をぎりぎりいっぱいに使って周る。対向船がいたらアウトである。それで、ここに近づいた船は無線で対向船がいないことを確かめて通らなければならないのだ。
この難所をクリアしなければ私たちはメルツィヒに行けないのである。

ドキドキしながらMさんの交信を聞く。タイミングよくゴーサインが出たので、全速力でこのヘアピンを駆け抜けた。


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【遠くに展望台を兼ねた通信所が見える】

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【展望台から見たヘアピンカーブ(Wikipedeaより拝借)】

ふだん冷静なMさんもこのときばかりは手に汗を握ったそうだ。
ここを抜ければあとは泊地までもうすぐだ。


557

そして期待の泊地「ヨットハーフェン・メルツィヒ・ザール」にやってきた。
果たしてここが旅の最終地になるのだろうか?


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【Yachthafen Mertig Saar】

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Author:HappyHoliday2020
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